漆(うるし)を使って金属の紙である金箔を貼りつける伝統技法を、京都では「金箔押し」といい、五明久(いつあきひさし)さんは明治初期よりつづく五明(ごめい)金箔工芸の3代目にあたる金箔押しの匠です。
仏壇仏具の金箔押し師として代々つづいてきた家業ですが、近年は生活様式の変化に伴ってアクセサリーからインテリアまで多彩な分野での金箔加工に広がっているといいます。
ティファニーとの出会いからのスタート
今から30年以上前、ティファニーのオープン・ハートのデザイナーであるエレサ・ペレッティー女史が日本の伝統工芸に興味を持ち、五明金箔工芸を訪れ金箔や金粉の工程を見たことから、女史の考案したジュエリーバックに金粉加工を施すことになりました。発注は今もつづいていて、このバッグはティファニー・ニューヨーク本店のみで限定販売されているそうです。
「仏壇仏具は荘厳品つまり拝むものです。今、そしてこれからは生活工芸として、金箔をこんな風に使ってもいいんだということを気づいていただるような機会を作っていくことが必要だと思っています」と語る五明さん。
大阪城銅瓦、京都市役所の市章、京都岡崎みやこメッセの壁面陶板、祇園祭の鉾頭。また「黄金のバイオリン」や南部鉄器「黄金鉄瓶」の開発など他企業とのコラボレーションにも積極的に取り組んできました。
金箔は素材であり、金箔を貼る対象が工芸品でも、芸術作品でも、それもまた素材であるといいます。
五明さんが心がけているのは、金箔をいかに生かすか、同時に金箔を使って素材をいかによく見せるかということ。
最近では依頼される素材も木や竹だけでなく金属や工業的な新素材もあり、長年の伝統の蓄積だけでなく、金箔を貼る素材の研究の過程が大きな比重を占めるようになっているといいます。
違いがわかると面白くなる
金箔はコーティングを施しても、ぜったいに剥がれないうのは実証されていないんですね。ですから保証書は付けられないんです。でも金箔を使うのは、そこに金メッキとは違う金箔ならではの魅力を求められているからなんですね。」
五明さんは使う金箔にもこだわりがあり、縁付け箔という手作り箔を使います。
これは日本の金沢でしか作られていない、クオリティが高く薄いもので、文化財の修復にはこの縁付箔を用いることが文科省で定められているそうです。
手作りの縁付箔と機械で作られる断切箔、この違いは見た目にどう異なるのかと伺うと、金箔の継ぎ目を見れば僅かの薄さの差やかすかに金箔に残る打ち紙の模様などで見分けることはできるが、素人目にはほとんどわからないでしょうというお答え。ではなぜ縁付け箔にこだわるのかといえば、「さすが日本の縁付け金箔だ」という細やかな気遣い、美意識の差を表現したいからといいます。
さらに、生産量が減少している縁付箔の技術を残していくには、自分たちが縁付箔を使って生き残っていかないといけないとも。
「金箔を貼る技術は光沢ですね。私たちはツヤ感といいますが、例えば京都の場合は光りすぎない美しいツヤが求められますし、丸い物であれば真ん中から周辺に光を放つように見えることを考えて貼ります。職人からすれば手間のかかる面倒なことですが、そこを考えてやっているかどうかが箔押し師の器の差です。使い手にとって金は高級品であり、芸術品という意識があるので、それに応える気持ちも大切な要因だと思います。」
試行錯誤でデザイナーのこだわりに応える
刃物、フィギュア、車の内装など、最近の仕事でもそれぞれに作り手の想いは強く、相手が納得するまで突き詰めていくのは根気と時間を要するのでフラフラになるそうです。
デザイナーのこだわりに応えようとすると、試行錯誤の繰り返しになることも多く、そこは負けたくないという精神力の戦いだともいいます。
「最近では、全面を金箔にすればいいのではなく、絵が描かれていれば絵を生かす金箔の張り方があるはずだと考えるようになりました。自分の我を出し切るのではなく、作品を生かす金箔の張り方を考え、提案していくのが、これからの勉強だと思う。」という五明さん。仏壇仏具という本来の分野を守りつつも、新たな試みを続けているからこそ次の課題が見えてくるということなのでしょう。
海外に羽ばたく木地挽き物と金箔の融合
一本の木をくり抜いて作り上げる挽き木地と拭き漆といわれる木目が透けて見えるような技術から生まれた山中漆器の器。そこに漆と金箔を二度ずつ重ねても木目が浮かび上がるように仕上げた作品は、海外向けサイトに出展したところ人気を博しているそうです。
木工芸と漆器、さらに金箔押しという伝統工芸の競演ともいえる作品。「木目のあらゆる面が見える薄引きの技と金のツヤとの融合を味わっていただける食器」とのことですが、これが海外通販で手応えがあるのはどうしてでしょうか。実物を手に取ることなく、その魅力が伝わっているのか。あるいは木と金の融合という美意識が響いたのか。いずれにせよ従来の伝統工芸品という枠を外れたところからの発想が新たなマーケットを開いたといえるものでしょう。
五明金箔工芸
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