人と技に出会う工房体験が 伝統を進化する – 京ものストア
人と技に出会う工房体験が 伝統を進化する
2022.04.01

体験は伝統産業の観光化の試金石(? )

 京都の伝統美を支えてきた多くの工房は、生活様式や産業構造の変化から衰退が伝えられているところが少なくありません。一方で、ものづくりの現場である工房を訪れての見学や体験が観光事業としてPRされ、賑わっているところもありましたが、この数年はコロナ渦のために来訪客も減少しているのが現状です。

 ものづくりの現場である工房を訪れ、職人の技と心に出会い、ワークショップを体験することで、伝統工芸品の魅力を実感し“使ってみたい”“欲しい”と思ってもらう機会にしたいというのが工房体験の狙いだったのでしょうか。では、工房体験はどんな効果をもたらしたのか、あるいはどんな役割を果たしているのか、京ものストアに出展いただいている工房の体験への取組みをレポートします。

一本の電話がきっかけになった—–京こま匠 雀休

 ある日,修学旅行生を乗せたタクシーの運転手さんから「京こまを見に行ってもいいですか」と突然電話がかかってきたことがきっかけで,製造実演をはじめ、体験もできる店舗を構えたという京こま匠 雀休。廃れていた京こまを復興し、現在も京都でただ1人の京こま職人である中村佳之さんは、観光施設やホテル、地方でも出張教室を行いなじみの薄い京こまの魅力を伝えようと奮闘しています。「私はスタンダードなこまだけでなくいろいろなカタチの京こまを作っていますが、実演や体験では紐を巻くという京こま独特の技法に興味を持つ方や、飴みたいという海外の方もいました。美味しそうに感じるイメージは大事にしようと思いましたね」という中村さん。海外での実演や来店されたお客様を通じてのヒントが、新しいもの作りにつながることもあり、対面での会話がある体験の機会は貴重だといいます。

京こまは紐を巻き重ねてつくるという珍しいもの
ものづくりから体験指導までを手がける雀休の中村佳之さん

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技術継承と直販への取り組み—–昇苑くみひも

 工房体験を誘客の仕組みだけでなく、技術継承の核として捉えているのが昇苑くみひもです。和装関係の帯〆の製造から発して工房の傍らに直営店をオープンし、2018年には古民家をリノベーションした店舗へと拡大しました。ここでは50年以上前から組紐の教室を運営して技術の継承を行ってきた実績の元に、手組ならではの技術を必要とする依頼に応えるほか、ここで学んだ人たちが自宅で製品づくりを請け負うスタイルを確立しました。元々は女性の趣味として組紐を広めようとはじめたものだそうですが、組み技術を覚えた人の発表の機会として、また後継者の育成という面でも活用されているのです。この内職的な生産体制は、同社の小ロットの製品づくりに生かされています。

 ここでの体験は昔ながらの手組台を使ったもので、同社で学んだ人が体験の指導をするという循環にもなっています。手組の体験を指導する田村さんは、入社を機に組紐に関心を持ち「娘に成人式の帯〆を作ってあげようと勉強をはじめた」といいます。宇治の町に60名程がこのようなOB的就業をしているということに、古くからの伝統産業の強みが今も息づいているといえるかもしれません。

手組体験を指導する田村さん

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メディア露出が販売にも貢献—–中村ローソク

 「ウチの体験は実際にろうそく作りの現場に入ってもらうので、手仕事のリアルな経験をしていただけます」という中村ローソクの田川広一さん。先代までは小売りもしない裏方の職人だったのですが、「丁寧な手仕事でつくる和ろうそくにふれてもらうことで、手軽な洋ろうそくにはないの魅力を知って欲しい」と小売りや体験の受け入れをはじめ、紅白の和ろうそくに好きな絵柄を描く絵付け体験もはじめました。

 「体験をはじめたいちばんの理由は、和ろうそくをしってもらうこと。ウチがはじめたころは今ほど体験を受け入れているところもなかったし、伝統産業には敷居が高いイメージがあったと思います。だから観光客や修学旅行生に知ってもらうには入りやすい店が必要だと思って、京都駅の近くに店を構えました」という田川さん。修学旅行生など大勢が体験できるようになり、TVや雑誌にも数多く取り上げられました。「京ろうそくは組合もないですし、一匹狼でやっていくにはメディアを活用して広く知ってもらいたかった」と語り、そして効果は確実にあったといいます。「若い人が伏見の工房にも来てくれるようになりましたし、売上げにも貢献しているので、体験は今後も続けていきます」という田川さんは、職人としてのものづくりと平行して各地の催しでの体験会や和ろうそくの灯りを使ったイベント、コラボ商品開発などアクティブに動き回り、情報発信に努めています。

絵付けに使うろうそくは自分で作ったものを使います。
朱掛けという仕上げ工程の見本を見せる中村ローソクの田川広一さん

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七宝を次代に残していくために—–ヒロミアート

 「ある時、高校生と一緒に七宝をテーマに何かしましょうという機会があって、高校生たちがアンケートを取った、七宝を知っている人はわずか30%ほどしかいなかったんです。若い人が知らなかったら、どんどん七宝は世の中から消えていく、これはどうにか阻止しないといけないと思い、知ってもらえる場をつくらなければと思いました」というヒロミアートの野村ひろみさん。そこで清水寺や八坂神社に近い東山通りに体験工房を併設したショップを2013年に開設しました。それまで全国の百貨店催事などを主に行っていましたが、観光地への出店は小売りの拡大も視野に入れたものでもあり、増えつつあった海外からの観光客に対応するために英語と中国語を併記したパンフレットも制作しました。

 「体験に来られる方は年齢も多岐にわたりますし、好きな方は何度も来られます。制作体験ができるかは知りませんが、七宝自体はヨーロッパから東洋を経て伝わってきたものなので、文化的な素地は共通していると思います」。野村さんは体験を通じて七宝を知ることで、京都のお寺や神社、美術館に残っている古くからの七宝美術に興味を持ってもらえたり、観光の楽しみ方も変わるのではと期待しているそうです。

 また東山店で体験教室の指導を担当する小西さんは「体験された方が次はご家族やお友達と来られたり、何度も来て技術を向上させていく方もいらっしゃいます。本格的な技法で制作していただく体験を通じて、七宝の見え方も変わり、魅力を感じていただけると思っています」とお客様の反応に手応えを感じているようです。

小学生の時に参加した七宝体験の記憶が後に制作に携わるきっかけとなったという小西孝代さん

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「知る」〜「楽しむ」へとガイドする—–唐丸

 100年以上前からの版木を使って社寺仏閣や住宅の襖紙を手がけてきた京からかみ製造の丸二が、体験工房「唐丸」をオープンしたのは2017年。インテリアからステーショナリーまで、京からかみの文様を生かした商品を販売するギフトショップと製作工房での実演、古くは明治時代に作られた版木を使っての体験ができるショーケースストアといえるものです。

京からかみ体験工房「唐丸」ギフトショップが併設されたショーケースストアといえます

 職人技を伝えるというよりは、京からかみという文化を知ってもらい、生活グッズとして使ってもらう、お土産として買ってもらうことが主眼といえるでしょう。2階の工房では体験と共に制作風景を見ることができます。

「刷るだけなら1週間でも覚えられますが、資料が少なく先輩からの口伝で学ぶ部分の多い伝統工芸」というのは実演を担当する職人の工藤さん。京からかみを摺る工程はパフォーマンスとしても見応えのあるものなので、工房見学はショップの魅力づくりに貢献しています。

歴史ある版木を使った小判摺り体験は伝統の深みを感じる貴重な経験
実演をしているときに一番多い質問は“なぜ職人になったか”ですと語る工藤祐史さん

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海外へ広めて伝統産業を活性化—–五明金箔工芸

 「素材の手作り金箔自体がユネスコ無形文化遺産に認定されている、この貴重な伝統工芸をもっと知ってもらいたい」と五明金箔工芸4代目の五明久さんが箔押体験教室をはじめたのが1999年。主に仏具や仏像に金箔を貼るという性格から表に出ることのない仕事でしたが、金箔に直接ふれて優美な触感を感じて欲しい、金箔を使って作品として飾ってもらえるものを作ってもらいたい、という思いからのスタートでした。

 「日本の伝統は長い間守られてきたもので、プライドのあるものです。そして絶対ブレない。だから外国の方にも見てもらい、興味を持ってくれる人にオープンに技術を伝え、その人たちが日本の技術を自国に持ち帰るという流れを繰り返していけば、もっと京都の伝統は活性化すると思う」という五明さん。修学旅行生や海外からの旅行者にも積極的に体験教室を行ってきました。コロナ渦でその流れは途切れていますが、京都の伝統産業の進化のためには必要なことだといいます。伝統的な業界にいるからこそ閉鎖性やスローペースに危機感を感じているという五明さんは、仏具の枠にとらわれずにフィギュアから茶室まで手がけるなど活動の幅を拡大していて、工房体験の位置づけも明確に定めているようです。

体験の最初は手作りの縁付箔の説明から。
自身のこだわりを伝えることで、日本人の美意識の歴史を伝えたいという五明久さん。

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次の一歩へ、つながる歩みに

 工房体験といっても母体となる事業者の規模はよって取り組み方や目的は様々ですが、その魅力や技術を伝え残したいという思いは共通しています。インターネットによるアクセスのしやすさもあって、京都を訪れる人への発進力は増しているように思えます。こうした取り組みから、次代の後継者が生まれることもあるでしょうし、新たな市場につながることもあるでしょう。これまで閉鎖的といわれてきた伝統産業が、多様な人々の価値観と接点を持つことで新たな一手を生み出すことも期待されます。

 また工房体験は貴重な文化資源という側面があり、産業として飛躍する可能性を秘めています。人と技という稀少価値が情報発信力を伴ってどんなビジネスモデルを生み出すのか、若い感性や異業種も巻き込んで広がっていって欲しいと思います。